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松山家庭裁判所 昭和34年(家)559号 審判

申立人 中山重男(仮名) 外一名

未成年者 藤原辰彦(仮名)

主文

本件申立を棄却する。

理由

本件において申立人両名が明らかにした事件の実情は、「申立人両名には実子がなく、淋しい生活を送つて来たが、この度知人藤原恵子との間にその未成年の子辰彦を申立人等の養子とすることの協議が成立したから、右縁組の許可の審判を求める。」というにあつて、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一件記録並びに証人藤原恵子の証言及び申立人両名各本人尋問の結果によれば、(1)申立人中山重男(四三歳)と同中山紀子(三九歳)は、昭和一六年一二月○日婚姻したが、その間に子が生まれたことがなく、今後も子の出生を期待し得ないこと、(2)しかるところ申立人重男は、昭和三三年初頃から藤原恵子(三二歳)とねんごろとなり、情交関係を結び、同年八月頃から妻の申立人紀子の許を去つて恵子の止宿先にこれと同居するに至り、昭和三四年五月二七日その間に藤原辰彦が出生し、現在その養育には生母の恵子が当つているが、申立人重男は、未だ辰彦を認知していないこと、(3)そこで申立人両名としては、右辰彦を申立人両名の養子として嫡出子の身分を得させたい所存であり右辰彦の生母で親権者である藤原恵子もこの縁組を承諾していることが認められる。

ところで、本件について何人もまず疑問を抱くのは、申立人紀子が自分の夫と情婦との間に生まれた子を養子とするについてどのような気持でいるかということであるが、この点については、申立人本人尋問の結果によると、同申立人としては、全然あかの他人を養子とするよりは夫が他の女に生ませた辰彦を養子とする方が望ましいと考えており、その出産に際しては生母や新生子の看護、世話もした程であつて、現在は乳幼児であるから生母の許で育てねばならないにしても、将来は自分が夫と協力してこれを養育するつもりであり、夫は、別居後も月月自分に生活費の補助をしてくれており、どちらかといえば情婦よりも子の方が大切に違いないから、いずれは恵子と別れて自分の方に復帰してくれるであろうという見透しを立てていることが認められる。すなわち、申立人紀子の感情は、同様の立場に置かれた女性が一般に抱くであろうところのそれとは著しく異なつているのであつて、かりに本件の養子縁組が成立しても、養母の養子に対する愛情の点では格別懸念する必要はない。

しかしながら、他方証人藤原恵子と申立人重男の各供述によれば、(1)申立人重男の愛情は、完全に妻の申立人紀子から去つて情婦の恵子の方に向つており、本件の申立が許容されて辰彦に一応嫡出子の身分を得させた後は、妻と離婚して恵子と婚姻するつもりであり、辰彦も養母たるべき紀子に養育させる意思は毛頭なく、従前どおり生母の恵子が育てるのが望ましいと考えていること、(2)また恵子も、自分の生んだ子がいわゆる「私生子」では可愛想だという気持だけで本件の養子縁組を承諾しているにすぎず、今後とも辰彦を申立人紀子に引き渡すつもりはなく、従前どおり申立人重男との同棲生活を続け、共同して辰彦を養育したい希望であり、なお、申立人夫婦には離婚して貰つて、申立人重男と正式に婚姻する考えであることが認められる。

してみると、前述した申立人紀子の見透しは、甚だ楽観に過ぎるものであつて、本件の申立が許容されると否とにかかわらず、申立人重男と恵子との同棲生活がなお久しく継続し、右両名、ことに生母の恵子が辰彦を容易に手離さないであろうことは、それが道徳的に好ましい事柄であるかどうかは別問題として、実際には動かない事情のように思われる。換言すれば、かりに申立人両名と辰彦との養子縁組が成立したところで、養親たる申立人両名が相協力して養子の辰彦を監護、養育するといつた状態は少くとも現在の段階では、実現の可能性が皆無に近いと断ずるの外はないのである。そして、かかる実体の伴わぬ形骸のみの親子関係を養子縁組の名において形成することは、殆んど実益がないのみならず、既に婚姻関係が破綻状態に陥つた夫婦が共同して、養子の監護、教育、財産管理、法律行為の代表等の内容を包含する親権を行使せねばならぬという法律上の効果を発生させる点において、養親、養子の双方だけでなく、第三者にも多大の不便、障碍をもたらすし、ことに養子の幸福のためには甚だしく有害であるといわざるを得ない。申立人両名と藤原恵子が辰彦に「嫡出子」たる身分を得させたいと考えている気持は、わからないわけではないが、その問題の解決を、申立人両名の関係が破綻状態にある現在の段階において、申立人両名と辰彦との養子縁組に求めるのは、甚だしく近視眼的であり、辰彦の幸福という立場からは本末顛倒と断ずべきものである。

以上の次第で、本件養子縁組の許可の審判申立を理由がないものとして棄却することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 戸根住夫)

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